2011年08月22日

第541章 支援活動B

調子のいい月曜日になっています。
自分の問題なのですが・・・

サッカーを続けて3日間したことが影響しているのかもしれないです。
今週は1回も出来ないようなスケジュールになっているので今晩あたり直江町3週1人マラソン大会を開催してぶっちぎりで優勝しようかと企画をしているところでございます。

まだまだ続く東北支援ツアーなんですが3日目は岩手県山田町の避難所と仮設住宅訪問と仮設住宅下足箱作成&サッカースクールの予定を立てていました。

避難所に入る前に早めに宿を出発し山田町の被害を受けた沿岸部を見てきました。

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老人ケア施設の屋根にはまだ車が2台(ポルシェです)
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施設内です。

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言葉が出ないです
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そして避難所へ行きました。
山田南小学校のグランド裏にある保育園が避難所になっています。
山田南小学校グランドの隅に仮設住宅はありました。

初めての避難所でしたので緊張感を持ちながら入っていったのですが宮本さんは以前にも支援活動として来ていたので皆さんとはすでにコミュニケーションは取れていたことで変な緊張は取れましたね。

そこでプロジェクトチームメンバーより預かってきた石川米をお渡しし、次に仮設住宅の下足箱製作のため仮設住宅に非難している宮本さんと面識のある方のところへお伺いしました。

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お盆の過ごし方の地域差や震災からの初盆ということなどから音を立てての作業は難しいということになり板は持ち帰ることに!
板の行方は・・・

仮設住宅の中でその方とゆっくり話すことが出来たのですが話は震災当日の話へ・・・
子供2人、両親、祖父母の6人暮らしでそこの方は地元消防団にも所属していて当日は津波注意報
が出た事で海沿いの堤防の門扉を閉めるために徴集がかかり、門扉を閉めて小窓を覗くと津波がやってきているのが見えたそうです。

急いで自宅へ帰り2階へ避難しようとしたところ津波に襲われたようであと5秒遅れたら命はなかったんじゃないかと言ってましたね。2階に上がったとたんに津波がきたようでおじいさんの姿は見えなかったようです。そしたら手を伸ばした水の中でもがいていたおじいさんの首根っこを捕まえて水面上へ引き上げたようです。

そんな話をしているお父さんの横でニコニコしてして聞いてるおじいさんとおばあさんの笑顔はなんとも言えない表情でしたね。

仮設住宅の中は外から見るよりは快適に感じました。
エアコン、テレビ、冷蔵庫、炊飯器、掃除機、レンジなどとりあえずの家電も支給されているようです。

そこでもお茶、スイーツ、フルーツなどいろいろおもてなし頂きました。
どっちが支援されているかわからないですね。

そして再び避難所のスタッフルームへ戻ると別の避難所から看護師の要請があり急遽そちらへ向かうことに。

その前にグランドでサッカーボールを持っている子供2人発見!
仮設住宅に入ってるそうで地元のスポーツ少年団でGKをしていると言ってたので
「俺のシュートを止めてみろ!!」
と叫びながら大人気ないシュートをゴールに突き刺してやりました。

そして子供は2人いたので
「束になってかかって来い!!」
って叫びながら自分は3点、子供達は1点先取したほうが勝ちということで勝手にルールを決めて見事3−0で圧勝しました。子供達は点を取るために必死に戦ってきましたし、それに答えて戦った結果です。

負けず嫌いの子供達は「あと1点!!」って泣きついてきたので受けましたがしっかり1点ぶち込んで4−0でお別れしました。
「また夕方来るからトレーニングしておくように!!」
ってわけでもう一つの避難所へ。

保育園の避難所と違って高校の体育館の避難所なんで多いときは何百人っていたようでしたが仮設への入居がまだ決まらない方が数十人いるようでした。

山田町は宮古市と釜石市の間にあり市と町の違いからどうしても仮設住宅の進捗状況や他の支援物資も含めて対応が遅れがちになっているという不満もあるようです。

宮古市などは仮設住宅が余っているようですが山田町は足りないということも実際に起きています。

またその避難所の仮設住宅の入居の抽選など管理していたのは他県の方だったようで山田町の詳しい範囲なども把握していなかったこともその原因の一つだと避難されている方から聞きました。

ここの避難所はテレビなどで見るダンボールで壁や間仕切り棚などになっていてさすがにカメラを向けることは出来ませんでした。しかしその中の一組のご夫婦とゆっくり話すことが出来ました。

旦那さんは仕事で片腕を切断していましたが今では電気温水器の販売やメンテナンスのお仕事をされているようで過去の話や震災当日の話、未来のことなどたくさん話して下さいました。

その目は力強く輝いているように言葉や表情にはいまだ仮設住宅に入れない不安もありながらも生きることの意味や人の存在、仕事の目的など語る姿はとてもカッコよかったです!

名前も聞くことはありませんでしたがこれからがとても気になるご夫婦でした。


宮本さんはその避難所にいた人全ての血圧測定やヒヤリングを含め健康管理をチェックしていましたね。


そして避難所を後にして最初の避難所へ戻る途中に被害を受けた駅に立ち寄りました。
山田町は津波の被害で流されたプロパンガスが連続で爆発し津波のあと火災が起きた場所でもあります。駅も火災になり駅前には焼け焦げた木が立っていました。

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木の幹や葉は焼け焦げていましたが5ヶ月近く経ちますが上のほうでは木の新芽が芽生え、樹の生命力とこの街の復興への希望の光のように輝いてみえました。

板はというと宮本さんと連絡を取り合っていた建具屋をされている方に状況を話すると是非ということで引き取って頂けました!

いろいろ作りたいものはあるようでしたのでよかったです!!
持って帰ることを考えたら使っていただくことができれば木も喜ぶってもんです。

魂を吹き込んで加工させて頂きましたのでお役立ちしてくれると信じています!




そんな刺激の多い一日でした!!

まだまだ続く!!

posted by 三代目 at 19:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 支援活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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