2011年08月26日

第542章 支援活動C

15日は会津若松に移動する前に岩手県山田町役場へ・・・

預かってきた義援金を直接渡してきました。


そして会津若松へ・・・
その前に陸前高田の奇跡の1本松がどうしても見たくて寄りました。
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そして高速へ向かうと陸前高田の沿岸部から内陸へ向かうと被害の大きさに言葉を失いました。
釜石市も宮古市も山田町と陸前高田は被害の規模が違うんですね。

被害が大きくなったことの原因としては沿岸部から平地がずっと続いていることだと思います。
なので内陸ヘ向かっても被害が続いていました。

4Fまで津波がきたことがわかります
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この2枚の写真は沿岸から3キロ以上は離れているところです。
よく見ると下のほうの杉の木が枯れています。
これは陸前高田だけでなくよくみられる光景でした。

木が津波の影響で立ち枯れしています。

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そして盆踊りは19時からだったので15時くらい到着を目指していたのですが
高速ではまたしてもUターン渋滞に巻き込まれ途中でインターを降りることに


降りたとたんにゲリラ豪雨!!


ワイパーMAXでも視界が悪くスピードが出せない状況!!ピ〜〜ンチ!!


なんとか18時30分くらいには、くつろぎの宿新滝に着いたような気がします。

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大慌てでセッティング!

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ちょうどお風呂へと続く正面玄関横の通路で並べさせて頂きました。


お風呂上りの家族やお風呂へ行こうとする方もいたので1時間くらいはバタつきましたね。

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2Fにも・・・
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最後に

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ってな感じでたくさんの笑顔を届けることが出来たと感じています。
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夜はくつろぎの宿の社長からお気に入りの日本酒を頂きました。
味もわからないのに恐縮です!!って言いながら頂きました。

お気に入りは「俺の出番」と「末廣」だったんですがどちらも美味しかったですね。

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食事も美味しく頂きました

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このくつろぎの宿新滝はお風呂も木質化で良かったし、川の音を聞きながら癒され風呂嫌いの自分も今までの疲れもどこかへ行っちゃいましたね!

翌日は、くつろぎの宿千代滝のほうへも挨拶に行きこちらもとても風情のある温泉宿でしたね。こちらは10月のツアーで宿泊する予定になっているところです。

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古材を使った待合ロビーが気に入りました。
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新滝と千代滝をつなぐ残念坂です。
町並みもいい感じです。
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千代滝前には羽黒山神社です。
1225段を登り参拝してきました。
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そして最後のプロジェクト!

会津若松に避難してきている大熊町の役場の方へサッカーボールをプレゼントしてきました。
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後日ボールは大熊町フレンズというチームに届けられたそうです。
そこからメールも頂きました。
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機会があればトレーニングに参加したいですね!

この写真はとても気に入っています!

元気と勇気を頂きましたね!


そんなわけで4泊5日の活動でしたが見て、聞いて、話して、笑って、食べて、楽しんでとても刺激的な4泊5日の旅でした。

今後の活動にどう生かすのか。
自分自身は何が出来るのか。

伝えることも大切だと思いますが復興まで長い時間がかかると思います。
震災からの5ヶ月間とても大変だったと思います。

絶望から避難所へそして仮設住宅へ・・

本当の人間の強さと絆を感じることが出来ました。


大切なことは立ち上がり未来へ向かうことなんです。

個人からグループへ、そして組織となり地域に・・・


失われつつある人間らしさの大切さを改めて感じました。



共に頑張りましょう!
posted by 三代目 at 11:03 | Comment(0) | TrackBack(0) | 支援活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月22日

第541章 支援活動B

調子のいい月曜日になっています。
自分の問題なのですが・・・

サッカーを続けて3日間したことが影響しているのかもしれないです。
今週は1回も出来ないようなスケジュールになっているので今晩あたり直江町3週1人マラソン大会を開催してぶっちぎりで優勝しようかと企画をしているところでございます。

まだまだ続く東北支援ツアーなんですが3日目は岩手県山田町の避難所と仮設住宅訪問と仮設住宅下足箱作成&サッカースクールの予定を立てていました。

避難所に入る前に早めに宿を出発し山田町の被害を受けた沿岸部を見てきました。

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老人ケア施設の屋根にはまだ車が2台(ポルシェです)
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施設内です。

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言葉が出ないです
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そして避難所へ行きました。
山田南小学校のグランド裏にある保育園が避難所になっています。
山田南小学校グランドの隅に仮設住宅はありました。

初めての避難所でしたので緊張感を持ちながら入っていったのですが宮本さんは以前にも支援活動として来ていたので皆さんとはすでにコミュニケーションは取れていたことで変な緊張は取れましたね。

そこでプロジェクトチームメンバーより預かってきた石川米をお渡しし、次に仮設住宅の下足箱製作のため仮設住宅に非難している宮本さんと面識のある方のところへお伺いしました。

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お盆の過ごし方の地域差や震災からの初盆ということなどから音を立てての作業は難しいということになり板は持ち帰ることに!
板の行方は・・・

仮設住宅の中でその方とゆっくり話すことが出来たのですが話は震災当日の話へ・・・
子供2人、両親、祖父母の6人暮らしでそこの方は地元消防団にも所属していて当日は津波注意報
が出た事で海沿いの堤防の門扉を閉めるために徴集がかかり、門扉を閉めて小窓を覗くと津波がやってきているのが見えたそうです。

急いで自宅へ帰り2階へ避難しようとしたところ津波に襲われたようであと5秒遅れたら命はなかったんじゃないかと言ってましたね。2階に上がったとたんに津波がきたようでおじいさんの姿は見えなかったようです。そしたら手を伸ばした水の中でもがいていたおじいさんの首根っこを捕まえて水面上へ引き上げたようです。

そんな話をしているお父さんの横でニコニコしてして聞いてるおじいさんとおばあさんの笑顔はなんとも言えない表情でしたね。

仮設住宅の中は外から見るよりは快適に感じました。
エアコン、テレビ、冷蔵庫、炊飯器、掃除機、レンジなどとりあえずの家電も支給されているようです。

そこでもお茶、スイーツ、フルーツなどいろいろおもてなし頂きました。
どっちが支援されているかわからないですね。

そして再び避難所のスタッフルームへ戻ると別の避難所から看護師の要請があり急遽そちらへ向かうことに。

その前にグランドでサッカーボールを持っている子供2人発見!
仮設住宅に入ってるそうで地元のスポーツ少年団でGKをしていると言ってたので
「俺のシュートを止めてみろ!!」
と叫びながら大人気ないシュートをゴールに突き刺してやりました。

そして子供は2人いたので
「束になってかかって来い!!」
って叫びながら自分は3点、子供達は1点先取したほうが勝ちということで勝手にルールを決めて見事3−0で圧勝しました。子供達は点を取るために必死に戦ってきましたし、それに答えて戦った結果です。

負けず嫌いの子供達は「あと1点!!」って泣きついてきたので受けましたがしっかり1点ぶち込んで4−0でお別れしました。
「また夕方来るからトレーニングしておくように!!」
ってわけでもう一つの避難所へ。

保育園の避難所と違って高校の体育館の避難所なんで多いときは何百人っていたようでしたが仮設への入居がまだ決まらない方が数十人いるようでした。

山田町は宮古市と釜石市の間にあり市と町の違いからどうしても仮設住宅の進捗状況や他の支援物資も含めて対応が遅れがちになっているという不満もあるようです。

宮古市などは仮設住宅が余っているようですが山田町は足りないということも実際に起きています。

またその避難所の仮設住宅の入居の抽選など管理していたのは他県の方だったようで山田町の詳しい範囲なども把握していなかったこともその原因の一つだと避難されている方から聞きました。

ここの避難所はテレビなどで見るダンボールで壁や間仕切り棚などになっていてさすがにカメラを向けることは出来ませんでした。しかしその中の一組のご夫婦とゆっくり話すことが出来ました。

旦那さんは仕事で片腕を切断していましたが今では電気温水器の販売やメンテナンスのお仕事をされているようで過去の話や震災当日の話、未来のことなどたくさん話して下さいました。

その目は力強く輝いているように言葉や表情にはいまだ仮設住宅に入れない不安もありながらも生きることの意味や人の存在、仕事の目的など語る姿はとてもカッコよかったです!

名前も聞くことはありませんでしたがこれからがとても気になるご夫婦でした。


宮本さんはその避難所にいた人全ての血圧測定やヒヤリングを含め健康管理をチェックしていましたね。


そして避難所を後にして最初の避難所へ戻る途中に被害を受けた駅に立ち寄りました。
山田町は津波の被害で流されたプロパンガスが連続で爆発し津波のあと火災が起きた場所でもあります。駅も火災になり駅前には焼け焦げた木が立っていました。

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木の幹や葉は焼け焦げていましたが5ヶ月近く経ちますが上のほうでは木の新芽が芽生え、樹の生命力とこの街の復興への希望の光のように輝いてみえました。

板はというと宮本さんと連絡を取り合っていた建具屋をされている方に状況を話すると是非ということで引き取って頂けました!

いろいろ作りたいものはあるようでしたのでよかったです!!
持って帰ることを考えたら使っていただくことができれば木も喜ぶってもんです。

魂を吹き込んで加工させて頂きましたのでお役立ちしてくれると信じています!




そんな刺激の多い一日でした!!

まだまだ続く!!

posted by 三代目 at 19:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 支援活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月20日

第540章 支援活動A

ちょ〜と前回から時間経ちましたけど仕事中に更新しちゃいます!
まだまだ時間の使い方下手すぎで猛烈に反省しながらの更新です。

前回の最後の集合写真ちょっとみて〜〜〜ってセンターに陣取ってちょっとロン毛のナイスガイ!のノリちゃん(って言っても年上なんだけど・・しかも初対面だし)から昨日ビックリするものが送られてきた!

チーピ!ですよ。
チーピ!

桃の生産では福島が超有名じゃないですか?そんな本場の福島県の須賀川で食品関係の会社を経営されているワタスイの渡辺さんから須賀川の桃が送られてきました。

ほんで昨日光を届ける石川の桜プロジェクトチームのメンバー数人と会う予定だったのでお裾分けさせて頂きました。もうこれでもかってくらいにでかいチーピでしたよ!

のりちゃん!ありがとうございます!

ということで前回の報告の続きなんですが13日は8時には高速乗って郡山から400km離れている岩手県山田町に昼過ぎに着く予定で出発しインター乗って鼻歌交じりで走っていたんですが途中から急に減速!!お約束の帰省ラッシュに巻き込まれ30キロ渋滞って・・・

いやいや山田町で支援を待っている方が・・・って思いは先行するんですがちょっとやそっとの渋滞じゃないんですね。金沢の近所によくある南新保交差点渋滞しか知らないし信号2回待ちが渋滞のイライラの限界の俺としては車の中で昇天し雄叫びをあげるほどの落ち着きようで・・・

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30キロ渋滞を何とか抜けるとそこにはパラダイスではなくさらに30キロ渋滞・・・

どんだけ30キロ好きなん?
頑張ろう東北!って思ったもん!

しかたなく程よく巻き込まれたところで宮城県の若柳金成インターって素敵な名前のICがあったんでそこから下道を選択!
スーパーナビを搭載してるのでせっかくなので沿岸部より北上しようということで沿岸部をナビで確認するとちょうどそこは気仙沼でした。

初めて津波の被害を受けた地域を自分の目で見ることに緊張し涙が流れるとか絶望感が襲ってくるとかいろんな思いから精神的ダメージを受けるかも・・ってビビリながらも気仙沼到着。

自信のない方はこれからは見ないようにお願いします。













最初に目に飛び込んできたのが

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なんなんですか?
陸地ですが大きな船が・・・TVでは目にしていましたが

海は見えませんがこの建物のまだ奥です
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海水だと思いますが全然引いていません。
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かすかに残る土台。
プレカットではなく大工さんの墨付けのあとも残っています。
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これが現状です。
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日も沈みかけた気仙沼。
悲しい気持ちより今後どうやって復興させるのか・・・

長期戦になるのは間違いない。
日本は今まで何度も立ち上がってきた実績がある。

1人の力では何も出来ない無力感は感じましたがマンパワーがあれば立ち上がれる!!
そんなことを感じながら目に焼きつけ後にしました。

そこから日も暮れ夜になりましたが沿岸部をひたすら北上し陸前高田、釜石、山田町、宿泊先である宮古まで一気に駆け抜け宮古駅前の居酒屋で地元の方と触れ合いながら14時間に及ぶ移動による疲労を癒しました。

その店は居酒屋さつま県外からきた観光客は絶対といって良いほど入ることはない店だと思います。

B級居酒屋ですからね。

居酒屋さつまを経営しているおばちゃんも被災者で前のお店は津波で倒壊しなんとかわずかな食器を探し出し今のお店でも使用していると言っていました。そして住まいは最近仮設住宅に入ったと言ってましたね。

明るい60歳くらいのお母さんで店内にはメニュー表もなく壁にも何も張ってあるわけでもないにも関わらず
「何にしましょうか?」
っておい!

お勧めを聞いても教えてくれないしとりあえず揚げ物はしたくないと逆にリクエストされ野菜炒めでもしようかっていって勝手にしてくれた。そしてチーズ入りスクランブルエッグを出してくれました。星二つ!って感じでしたが味を求めて入ったお店じゃないんでOKなんですけどね!

石川県からきたって話したら喜んでくれましたね!
お客さんには
「ボランティアってみんなお金持ちだよね〜」
って言われるし・・・

そのお客さんは業務用冷蔵庫の設置とか販売とかしてるって言ってたけど今は震災特需だって言うことで忙しいと言ってましたね。

この「震災特需」って言葉は被災地ではよく聞きましたね。

完全に年上だと思っていたら同級生でしたね。


まぁ人は見かけによらんもんです!


そんなわけでほろ酔いで宿である休暇村 陸中宮古で爆睡しましたとさ!

posted by 三代目 at 09:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 支援活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月17日

第539章 支援活動@

8月12日〜16日まで福島県郡山〜岩手県山田町〜福島県会津若松と行ってきました。

主な活動予定は郡山では若手経営者との交流会、山田町では避難所訪問、仮設住宅下足箱製作支援、サッカー教室、会津若松では大熊町から避難している子供達への浴衣などをお届けすることです。

車には支援物資満載です。
石川県産間伐の杉板と子供用浴衣です。

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出発直前にア・メリーモード森川社長より電話があり是非届けてきて欲しいとお祭りグッズの支援物資を預かりました。
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郡山へ・・・

郡山では福島県中小企業家同友会青年部のメンバーと一度ゆっくり現状を聞かせて欲しいということで交流会を企画してもらったんですが逆におもてなし頂いて楽しいひとときを過ごすことが出来ましたね。

話では郡山での放射線量は現在は1マイクロシーベルト毎時(μSv/h)なんですけどやっぱり勉強不足でしたね。というかそのメンバーはみんなめちゃくちゃ放射線量などに関して勉強してますよ。

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NHKの観点では

「(参考)シーベルトとは、人体が放射線を受けたときの影響を示す単位で、一般の人が人工的に浴びても差し支えないとされる放射線量は、1年間で1000マイクロシーベルトです。」

ということなので今の状態が続いているのであれば1年間郡山にいたところでまったく問題がないですよね。そりゃ0に近いほうがとか浴びるよりできる限り浴びないほうが良いに決まってますが同じ日本人として同じ青年経営者仲間として放射線量を理解して数日滞在することなんてまったく問題ないって思いませんか?

福島県は原発が爆発したことで、事実として立ち入り禁止区域があったりするし、福島県全体が、また福島県産だったりましてや東北産だったりすることが危険なわけではないということなんですよいね。

郡山に着いて感じたことはお店も普通にやっているし、車も人も犬もどこにでもある町でした。
不安だったからこそ驚きましたね。
この地域の人は別に被害者や被災者ではないんですね。
逆に敬遠し過ぎているほうが問題なんだということ。
そしてメディアの放射線についての取り上げ方の問題を指摘していましたね。
正確な情報がわからない。責任を取ることを避けるために危険だと報道するのはどうなんだ!と
国や行政、メディアへの失望はかなり大きいですね。
いわゆる風評被害というやつです。

危険だ、危険だと騒ぐことも状況によっては必要なんでしょうが、正確な情報での判断が出来ていないにも関わらず危険だという報道は無責任としか言いようがないですね。

決定ではないですが「光を届ける石川の桜プロジェクト」支援活動チームでは10月1日〜2日と会津若松の温泉くつろぎの宿千代滝で宿泊する1泊2日の支援復興ツアーを企画しています。募集はしないかもしれませんが、風評被害を受けている会津若松市への少しでもの支援と益々の復興を願ってのツアーとなると思います。

その時に郡山から青年経営者に参加していただき大交流会を開催したいと思っています。

郡山での懇親会の様子です。
きたなかさんからの立山とちょんがり節、そして那谷君からの「月よみ山路」
の手土産と共にスマイルです。

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郡山までは金沢東より高速で5時間(450km)くらいです。
ご参考まで!

長編になるので今日はこの辺で!!
posted by 三代目 at 19:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 支援活動 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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